古事記に登場する「神社・史跡を回る旅」の記念すべき第10回では、淡路島にある伊弉諾神宮です。
当神宮は淡路島観光の公式HPによると「『古事記』・『日本書紀』に記載がある中では最も古い神社で、淡路国一宮として古代から全国の掌敬を集めています」とあり、昭和29年には「神宮」號が宣下された由緒正しい神社です。
行程
神社は公共交通機関で行こうとすると結構不便なケースがありますが、今回は電車で神戸の三宮まで行き、そこから神姫バスの高速バスに乗ると1時間半弱で伊弉諾神宮前に到着と、乗り換えが少なくバス停からの距離も近いため、日帰りで気軽に行くことができました。
(9時35分)神姫バス 神戸三宮BT(バスターミナル)発 → (10時45分)伊弉神宮前着→ ( 10時46分~)伊弉諾神宮参拝 → (11時10分)御朱印を頂く → (11時30分)「cafe & restaurant izana」でランチ → (12時28分)神姫バス 伊弉諾神宮前バス停発 → (13時46分)神戸三宮BT(バスターミナル)着
古事記・日本書紀との関連
古事記において、伊耶那岐命(いざなぎのみこと)と伊耶那美命(いざなみのみこと)は「国生み」により8つの島を生みますが、伊弉諾神宮が所在する淡路島は最初に生まれた島です。以下の古事記の文中に出て来る「淡道之穂狭別島(あわじのほさけわけのしま)」が淡路島を指します。ちなみに2番目に生まれた伊予之二名島(いよのふたなのしま)は四国です。(その後は、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州と続きます)
古事記~【上つ巻】伊耶那岐命と伊耶那美命~国生み
今度は伊耶那岐命が、先に「ああ、愛すべき乙女よ」と言い、後から伊耶那美命が「ああ、いとおしい若者よ」と言った。このように言い終わって結婚なさって、生んだ子が淡道之穂狭別島、次に伊予之二名島をお生みになった。
(引用文献)中村 啓信. 「新版 古事記 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫)
また、古事記によると、二人は「国生み」に続いて、数多くの神様を誕生させますが、妻の伊耶那美命と黄泉の国で別れた伊耶那岐命は、最後に生まれた三貴子と呼ばれる、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、湏佐之男命(すさのおのみこと)の三人の子に各々天上界、夜の世界、海原を治めるように委任します。
ところが湏佐之男命だけ従わないため、伊耶那岐大神は怒って追放し、その後お隠れになり、自らは「淡海の多賀に鎮座」されます。以下の角川ソフィア文庫の古事記抜粋の現代語訳では「近江の多賀大社に鎮座」と訳していますが、注釈に「淡路島という説もある」と記載されており、今回参拝した伊弉諾神宮は、淡路島説によります。
古事記~【上つ巻】神生みと伊耶那美神の神避り [三貴子の分治]
伊耶那岐大神は、湏佐之男命に「どんなわけがあって、おまえは委任した国を治めないで泣きわめいているのか」とおっしゃった。それに答えて湏佐之男命は、「私はここを去って亡き母の国の根之堅州国に行きたいと思い、それで泣いています」と申した。これに伊耶那岐大神はたいそう怒って、「それなら、おまえはもうこの国に住むな」とおっしゃって、湏佐之男命を追放なさった。その伊耶那岐大神は、近江の多賀大社に鎮座していらっしゃる。
(参考文献)中村 啓信. 「新版 古事記 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫)
「近江(現在の滋賀県)の多賀大社」にも以前参拝しましたが、こちらも素晴らしい社でした。

続いて日本書紀の記述も紹介します。日本書紀では国生み、神生みという使命を終えた伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は、幽宮(かくれみや、かくりのみや)を淡路の国につくってお隠れになったと記されています。そして御朱印をお願いした際に頂いた「伊弉諾神宮略誌」と有料パンフレット「幽宮」によると、伊弉諾神宮はその宮殿跡の地に神陵(みささぎ)を築いたという神歴を起源とする最古の神宮になります。
日本書紀~【神代(上)第六段】アマテラスとスサノヲの誓約(うけい)
是の後に、伊弉諾尊、神功(かむこと)既に畢(を)えたまひて、霊運当遷(あつしれ)たまふ。是を以て、幽宮(かくれみや)を淡路の洲(くに)に構(つく)りて、寂然(しずか)に長く隠れたましき。
(そののち、伊弉諾尊は神としての使命をすべて終え、この世を去ることとなった。そこで、幽(かく)れの宮を淡路の国につくり、そこに静かに永くお隠れになった)
(参考文献~訓み下し文)坂本 太郎, 家永 三郎, 井上 光貞, 大野 晋, 日本書紀 (岩波文庫)
(参考文献~現代文)寺田 惠子. 日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代 ー 世界の始まり ー (グッドブックス)
御祭神
主祭神:伊弉諾大神(いざなぎのおほかみ)
配祭神:伊弉冉大神(いざなみのおほかみ)
当神宮は上述の通り伊弉諾尊がお隠れになった場所ですので、祭神は伊弉諾尊になりますが、当神社の公式HPには伊弉諾大神と表記されていますので、こちらに合わせて記載しました。
配祭神は妻の伊弉冉大神となります。伊弉諾大神と伊弉冉大神は黄泉平坂(よもつひらざか)で永遠の別れをしたはずですが、共に大切な神様として一緒にお祀りしていることが多いようです。上述の多賀大社でもこの二柱の神様が御祭神になっています。
参拝の記録
伊弉諾神宮までの移動
三ノ宮駅を降りて、神姫バス神戸三宮BTから、高速バスの高田屋嘉兵衛公園行に乗りました。交通系ICカードがあれば、事前に切符を購入する必要はありません。9時35分発に乗車しましたが、平日のせいか空いていました。
伊弉諾神宮到着
ほぼ定刻の10時45分に伊弉諾神宮前に到着しました。

帰りのバスの予定時刻も確認しました。1時間に1本ですので、12時28分発に乗って帰ろうと思いました。

神社の入口はバス停からすぐです。石造りの大きな鳥居が迫力があります。奥にも同じような鳥居が見えますが、この神社はほかの入口にもすべてこのような立派な鳥居が立っていました。

陽の道しるべ
二つ目の鳥居をくぐると左手に「陽の道しるべ」がありました。これは、伊弉諾神宮を中心とする太陽の運行と有名神社の関係を現しているモニュメントで、位置関係がとても興味深いです。→公式HPリンク

上の写真だけだとよくわからないと思いますが、左手の碑文に説明があり、拡大すると下の写真になります。日本最古の伊弉諾神宮から見て、東西南北と夏至・冬至の日の出・日の入の方向に日本の主要な神社が配置されているというのは単なる偶然とは思えず、今後ここに記載の神社全てにお参りしたいと思いました。

手水舎と「放生(はうじょう)の御池(みいけ)」
手水舎で清めてから、木の橋を渡ると、正門が見えて来ます。


橋上から「放生も御池」が見渡せます。聖域の周濠の遺構といはれる神池で、緑に映える景観が美しかったです。

拝殿と本殿、夫婦の大楠(めおとのおおくす)、左右(さう)神社
正門をくぐると正面が拝殿で、左右に広々とした気持ちのよい空間が広がります。平日にも拘わらず、団体の方も含め多くの方が参拝していました。

本殿には入れませんが、拝殿から横に回り込むと姿を見ることができます。

こちらは夫婦大楠(めおとのおおくす)です。元は二本の「楠(くすのき)」が根を合わせて一株に成長したもので、夫婦の正道の掟を定めた伊弉諾大神と伊弉冉大神を御祭神とする伊弉諾神宮に相応しいご神木だと思いました。

最後にお参りしたのは境内末社の左右(さう)神社です。御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と月読尊(つくよみのみこと)です。「左右」という名前の由来は、伊弉諾大神が黄泉の国から戻って穢れを払うために禊(みそぎ)をしますが、その際に左目と右目から出現されたのがこの二柱の神様であったことによります。眼病治癒の信仰があるとのことでしたので、4月に予定している妻の目の手術が無事成功するようにお祈りをしました。

御朱印
参拝が終了したので正門に戻って社務所で御朱印を頂きました。

「淡路一宮」と菊の御紋が由緒を感じさせ、力強い筆致が素晴らしい御朱印でした。

「cafe&restaurant izana」でランチ
参拝終了後、鳥居をくぐって外に出ると、信号を渡った目の前にある「cafe&restaurant izana」でランチを頂きました。

メニューは色々ありましたが、せっかく淡路島に来たので、淡路島プレミアムバーガーと淡路島牛乳の苺ミルクを頂きました。バーガーは淡路島特産の玉ねぎの大きなフライが淡路牛のパテとマッチして、美味しかったです。


食後にバスの出発までまだ少し時間があったので、境内に戻ってショップ「せきれいの里」で買い物をしました。

帰りのバスで購入した「玉葱パイ」を食べましたが、白餡にあわじ玉葱の風味が意外にマッチして、こちらも美味しかったです。

伊弉諾神宮参拝の記録は以上です。
淡路島には車で行く必要があるというイメージがあったのですが、当神宮は三宮から高速バス1本で行けるとても便利な場所にありました。
日本最古の神社でありながら、境内は非常に清潔でとても気持ちのよい空間が保たれており、今なお地元で大切にされるすばらしい神社だと思いました。

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