【第11回】日本発祥の地~おのころ島神社(2026/3/5)

古事記に登場する「神社・史跡を回る旅」の第11回は、前回の伊弉諾神宮に続いて淡路島を訪れ、おのころ島神社にお参りしました。
当神社の名称は正式には自凝島神社と漢字表記になりますが、公式ホームページでもひらがな表記にしていますので、それにならうことにします。

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旅の行程

前回と同様、電車で神戸の三宮まで行き、そこから神姫バスの高速バスに1時間20分程度乗って最寄りの停車場で降り、そこから約15分歩くと神社に到着しました。往きは三宮の高速に乗る手前で軽い渋滞があり、到着は予定時刻より10分ほど遅くなりました。

(9時20分)神姫バス 神戸三宮BT(バスターミナル)より福良行きに乗車 → (10時40分)榎列バス停到着→ ( 10時59分~)おのころ島神社参拝 → (11時20分)御朱印を頂く → (11時27分)「原口製菓」でおのころ饅頭などを購入→(11時50分)「喜久」でランチ → (12時59分)神姫バス 榎列バス停発 → (14時15分)神戸三宮BT(バスターミナル)着

古事記・日本書紀との関連

古事記によると世界の始まりにおいて、固まった大地はありませんでした。そこで伊弉諾命(いざなぎのみこと)と伊弉冉命(いざなみのみこと)は、以下引用のように天の浮橋から最初の島を作ります。その島の名前が「おのころ島」で、二柱の神様がその島に天下りすると、天の御柱(みはしら)が立ち、その場所でお二人は「国生み」をします。従って「おのころ島」は日本を生んだ場所であり、公式ホームページ「日本発祥の地」と記されているのはそのためです。
「おのころ島」を漢字表記すると自凝島神社となりますが、これは以下引用にあるように「したたり落ちた塩」が自ら凝固してできた島という意味だと思います。(なお、古事記では「おのころ」ではなく「おのごろ」と濁点がついた読み方となっています)

古事記~【上つ巻】伊耶那岐命と伊耶那美命~おのごろ島
そこで天の神々の仰せによって、伊耶那岐命・伊耶那美命の二神に、「この漂っている状態の国土を繕い、しっかり固定しなさい」と仰せになり、天の沼(玉)矛をお与えになって委任なさった。そこで二神は、天に懸かる浮き橋の上にお立ちになって、その玉矛を下界へさし下して攪き回されると、海水は攪くたびにコオロコオロと音を立てて、矛を引き上げるときにその先からしたたり落ちた塩が累なり積もって島ができた。これが淤能碁呂島(おのごろしま)である。二神はその島に天降りなされて、高天原の象徴の御柱はこことお決めになると、そこにパッと柱が立ち、立派な宮殿をパッとお建てになった。
(引用文献)中村 啓信. 「新版 古事記 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫)

続いて日本書紀からの引用も紹介します。日本書紀でも古事記と同様に二柱の神様が天の浮橋から矛を降ろして、その矛から滴り落ちた潮が固まって「おのころ島」になったとされています。

日本書紀~【神代(上)第四段】国生み
伊弉諾尊と伊弉冉尊は、天の浮橋(あまのううきはし)にお立ちになり、ともに語らい、「下の世界の底にはきっと国があるだろう」とおおせられた。そこで、天の瓊矛(あまのぬぼこ)をさし降ろして探られたところ、青々とした海を得た。
その矛の先から滴り落ちた潮は、固まって一つの島になった。名付けて磤馭慮嶋(おのごろじま)という。二柱の神は、その島に降り、夫婦となって国土を生もうとされた。
そこで磤馭慮嶋を国の中心の柱として、陽神(をかみ)は左から、陰神(めかみ)は右から、国の柱を巡って、反対側で出会われた。
(参考文献)寺田 惠子. 日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代 ー 世界の始まり ー (グッドブックス)

御祭神

祭神:伊弉諾命(いざなぎのみこと)
   :伊弉冉命(いざなみのみこと)
合 祀:菊理媛命(きくりひめのみこと、別名くくりひめのみこと)

当神宮の御祭神はこの地で国生みをされた伊弉諾尊と伊弉冉尊の二柱の神様です。当神社の公式HPには「みこと」の漢字に「命」を当てていますので、上記にはそれに合わせて記載しました。
また、合祀されている菊理媛命は日本書紀で以下の場面に登場します。これは黄泉の国から逃げてきた伊弉諾尊が泉津平坂(よもつひらざか)で伊弉冉尊に追いつかれて口論になった際に、菊理媛命ともう一人の神様が仲裁する場面です。この経緯から菊理媛命は男女の仲を取り持つ縁結びの神事業の商談成立の神といわれています。ただ、菊理媛命が何を言ったのかが記されていないのが面白いです。

日本書紀~【神代(上)第五段】神々の誕生 一書(第十)
その妻と泉津平坂(よもつひらざか)で争われたとき、伊弉諾尊は「はじめに我が妻のために悲しみ偲(しの)んだのは、私が弱かったから」とおっしゃった。このとき、泉守道者(よもつもりびと)が申し上げた。「伊弉冉尊のお言葉があります。『私は、あなたと国を生みました。どうしてこれ以上生きることを求めましょう。私はこの国に留まります。あなたとともに行くことはできません』と。折しも菊理媛命もまた申し上げることがあった。伊弉諾尊はそれを聞いて喜ばれ、そして別れ去って行かれた。
(参考文献)寺田 惠子. 日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代 ー 世界の始まり ー (グッドブックス)

参拝の記録

おのころ島神社までの移動

三ノ宮駅を降りて、神姫バス神戸三宮BTから、9時20分発の高速バスの福良行に乗りました。交通系ICカードがあれば、事前に切符を購入する必要はありません。

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