【第7回】 日本初の宮が設けられた地~須我神社(2025/9/22)

古事記に登場する神社・史跡を回る旅の第7回です。今回は島根県(古代では出雲国)の続編となりますが、須我神社奥宮・夫婦岩訪れました。

天上界を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)が降り立った地が出雲国ですが、そこで八岐遠呂智(やまたのおろち)を退治した後に、宮殿を造る場所を探して須賀という所に来て、その地に日本初の宮殿を造ってお住みになったなったと言われるのが須我神社の由縁になります。

約2時間をかけて以下の順に廻りました。

(9時) 山陰本線 乃木駅到着 → (9時30分)乃木駅より雲南市民バス乗車 → (9時50分)須賀集会所下車→ (9時58分) 須我神社到着 → (10時14分) 徒歩で奥宮へ出発 →( 10時40分)八雲山入口到着 → (10時54分)奥宮・夫婦岩に到着 → (11時)奥宮・夫婦岩を出発 → (11時50分)須賀集会所到着

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古事記との関連

古事記では、以下の場面で「須賀」という地名が出て来ます。
この地名が、須佐之男命が須賀に行って「わが心はすがすがしい」と語ったことに由来していると聞くと、きっと素敵なところだろうと想像が膨らみます。
また、その名前が現在でも残っていることを知って、改めて日本は神話が現在に繋がっている国だと感じました。
加えて、須佐之男命がその地でお作りになった御歌は、古事記に登場する最初の歌であり、日本で一番古い三十一文字の歌として、この地は「和歌発祥の社」とも呼ばれているとのことです。

【上つ巻】八俣の大蛇
(八俣の大蛇を退治した後に)湏佐之男命(スサノオノミコト)は宮殿を造るべき所を、出雲国にお求めになった。そして湏賀という所にお行きになって、「この所に来て、我が心はすがすがしい」とおっしゃって、その地に宮殿を造ってお住みになった。それでその地を今、湏賀という。この大神が、初め湏賀宮をお造りになった時、その地から雲が立ち騰った。そこで御歌をお作りになった。その歌にいう、  
 八雲(やくも)立つ 出雲八重垣(いずもやえがき)
 妻籠みに
(つまごみに) 八重垣作る
 その八重垣を

(意味)「雲が盛んに湧き上がり八雲立つ出雲の地に 幾重にも垣を築き 妻を籠らせに 垣を重ね作る その八重もの垣よ」
(引用文献)中村 啓信. 「新版 古事記 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫)

御祭神

須我神社の御祭神は下記の三柱の神様です。上記の古事記の由来からすれば、須佐之男命(スサノオノミコト)とその妻の櫛名田比売(クシナダヒメ)、そしてお二人の御子神である八島士奴美神(ヤシマジヌミノカミ)をお祀りしているのは、すんなりと納得できるところです。

  • 須佐之男命
  • 櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫(クシイナダヒメ)、稲田媛(イナダヒメ)
  • 八島士奴美神、『日本書紀』では清之湯山主三名狭漏彦八島野命(スガノユヤマヌシミナサロヒコヤシマシノミコト) 

参拝の記録

須我神社までの移動

山陰本線の松江駅から電車に乗りました。本数が少ないので、時刻表はよく確認する必要があります。

松江駅から二駅、3分で朝9時に乃木駅に到着しました。ここから雲南市民バスで須我神社の最寄りのバス停留保まで行きますが、本数が少ないので駅で30分待ちです。駅前にタクシーが客待ちをしていたので、それに乗りたい誘惑に駆られましたが、公共交通機関での移動を原則としていますので我慢しました。

須我神社の公式HPには「一畑バス『大東行き』に乗車し、須我バス停で下車し、徒歩3分」というアクセス情報が記載されていますが、昨年この路線は廃止され、市民バスに代わりましたのでご注意ください。

ほぼ定刻にバスが来ましたので搭乗しましたが乗客が私一人なのにびっくり!
約20分で目的の「須賀集会所」に到着しましたが、その間乗ってくる客はゼロで、路線が廃止になるのも仕方がないかなと思いました。運賃は800円と思ったより高め。

須我神社境内

バスを降りて5分程度で神社の入口に到着しました。鳥居の間から石段が続いてるのが見えます。

鳥居をくぐると右手に「日本初之宮」「和歌発祥の遺跡」と刻まれた石碑がありました。

階段を上ると本殿に入る前の門に至ります。出雲の社らしく注連縄(しめなわ)が立派です。

門をくぐると階段の上に本殿が見えます。幟には冒頭で紹介した日本で一番古い歌の一節が書かれています。
右手に見える石碑にその歌が刻まれていました。

階段を上ると、拝殿に到着しました。こちらも見事な注連縄(しめなわ)です。

左横から回り込むと拝殿の後ろの本殿も含めた社殿全体を見ることができました。出雲神社と同様の大社造りです。

御朱印

参拝終了後に、社務所で御朱印を頂きました。少し武骨な感じがしますが、墨の滲み具合が味のある御朱印でした。

奥宮・夫婦岩

続いて奥宮・夫婦岩に向かいました。当初予定はしていなかったのですが、須我神社に行った人の口コミを読むと、奥宮・夫婦岩にも言っている人が多いことを知ったため、少し歩きますが行くことにしました。
須我神社から奥宮の参道入口まで約2,000メートルとの表示がありました。

のんびり歩いて25分程度で、奥宮・夫婦岩のある八雲山の参道入口に到着しました。

入口に竹杖が置いてあったので、2本お借りして両手に持って上りましたが、かなり急坂があったので大正解でした。

ここから登りになりますが、「和歌発祥の社」の奥宮に至る道だけに、「八雲山文学碑の径」という素敵な名前が付けられており、径の途中には地元の方が読んだ和歌の石碑が多数並んでいました。

ただはかなり急な登りで、昨日の雨で足場もさほどよくなかったので、若い人であれば問題ないでしょうが、ひざ痛を抱える私には登り・下りともに結構きつかったです。

丁度中間当たりに「神泉坂根水」がありました。この水で身を清め霊気を頂いてご参拝するとのことでしたので、利用させて頂きました。

奥宮の鳥居が見えて来ました。ゴールは間近だと思いましたが、ここから最後の階段がかなり急で大変でした。

階段の頂上に夫婦岩が見えて来たときには、ほっとしました。

三柱の御祭神の神霊が鎮まるとされている奥宮・夫婦岩に到着しました。
ここまでかなり大変でしたが、平日のせい辿り着いた時には私以外誰もおらず静寂に包まれて、苦労して来た甲斐があったと感じたパワースポットでした。

ここから40分ほどかけて12時前にバス停「須賀集会所」まで戻りましたが、次のバスの到着予定時刻は13時半過ぎで、1時間半ほど待つ必要がありました。
この旅では原則公共交通機関を利用しているのですが、松江城にも行きたかったので、やむを得ずタクシーを呼びました。
タクシー会社に電話すると、事務所から遠かったせいか少し難色を示されましたが、松江城まで行くと伝えるとそれなら30分程度でタクシーを向かわせますと告げられ、結果的には20分でタクシーが到着しました。
タクシー代は少し高かったのですが、女性のドライバーさんが話好きの方で、美しい宍道湖沿いの道を楽しく会話しながら快適に行くことができました。
ドライバーさんによると、この辺りの人気スポットは駅から遠いところが多いので、空港でレンタカーを借りる方も多いとのことでした。

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