【第13回】日本のはじまりの島~自凝(おのころ)神社(2026/4/27)

古事記・日本書紀に登場する「神社・史跡を回る旅」の第13回は、淡路島の南端からフェリーで10分の「沼島(ぬしま)」にある、自凝(おのころ)神社に行って来ました。
「おのころ」というと、第11回でご紹介した淡路島のおのころ島神社と似ていますが、今回の自凝神社は、所在する沼島が古事記・日本書紀の「おのころ島」の伝承地である点が特徴です。

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旅の行程

神戸の三宮から出発しましたが、バスを2回、フェリーを1回乗り継ぐ、片道2時間半の行程になりました。

(8時10分)神戸三宮よりフットバスに乗車→ (9時24分)高速淡路志知で下車 → (9時35分)らん・らんバス南北幹線に陸の港西淡で乗車→(10時17分)沼島汽船場前で下車 → (10時半)沼島汽船に乗船→(10時40分)沼島に到着→(11時)自凝神社に参拝→(11時半)上立神岩展望台より神岩を遠望→(12時)「水軍」でランチ→(13時)沼島八幡神社で御朱印を受領→(13時20分)沼島汽船に乗船→(13時30分)淡路島に到着→(13時50分)らん・らんバス南北幹線に乗車→(14時41分)「陸の港西淡」で下車→(14時55分)高速淡路志知でフットバスに乗車→(16時5分)神戸三宮に到着

古事記・日本書紀との関連

古事記によると、世界の始まりに固まった大地はありませんでした。そこで伊弉諾命(いざなぎのみこと)と伊弉冉命(いざなみのみこと)は、天の浮橋から最初の島を作ります。その島の名前が「おのごろ島」で、二柱の神様がその島に天下りすると天の御柱(みはしら)が立ち、その場所でお二人は「国生み」をしました。
当神社の所在する沼島は「おのごろ島」であったと伝承される島ですので、日本のはじまりの島と言ってよいでしょう。なお、「おのごろ」を漢字表記すると自凝となりますが、これは以下の引用にあるように「したたり落ちた塩」が自ら凝固してできた島という意味だと思います。

古事記~【上つ巻】伊耶那岐命と伊耶那美命~おのごろ島
そこで天の神々の仰せによって、伊耶那岐命・伊耶那美命の二神に、「この漂っている状態の国土を繕い、しっかり固定しなさい」と仰せになり、天の沼(玉)矛をお与えになって委任なさった。そこで二神は、天に懸かる浮き橋の上にお立ちになって、その玉矛を下界へさし下して攪き回されると、海水は攪くたびにコオロコオロと音を立てて、矛を引き上げるときにその先からしたたり落ちた塩が累なり積もって島ができた。これが淤能碁呂島(おのごろしま)である。二神はその島に天降りなされて、高天原の象徴の御柱(天の御柱)はこことお決めになると、そこにパッと柱が立ち、立派な宮殿をパッとお建てになった。
(引用文献)中村 啓信. 「新版 古事記 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫)

続いて日本書紀の記載も紹介します。日本書紀でも古事記と同様に二柱の神様が天の浮橋から矛を降ろすと、その矛から滴り落ちた潮が固まって「おのころ島」になったとされています。

日本書紀~【神代(上)第四段】国生み
伊弉諾尊と伊弉冉尊は、天の浮橋(あまのうきはし)にお立ちになり、ともに語らい、「下の世界の底にはきっと国があるだろう」とおおせられた。そこで、天の瓊矛(あまのぬぼこ)をさし降ろして探られたところ、青々とした海を得た。
その矛の先から滴り落ちた潮は、固まって一つの島になった。名付けて磤馭慮嶋(おのごろじま)という。二柱の神は、その島に降り、夫婦となって国土を生もうとされた。
そこで磤馭慮嶋を国の中心の柱として、陽神(をかみ)は左から、陰神(めかみ)は右から、国の柱を巡って、反対側で出会われた。
(参考文献)寺田 惠子. 日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代 ー 世界の始まり ー (グッドブックス)

御祭神

主祭神:伊弉諾命(いざなぎのみこと)
配祀神:伊弉冊命(いざなみのみこと)

御祭神は当然ながら、おのごろ島で「国生み」をなさった、伊弉諾命と伊弉冊命の二柱の神様になります。お二人で「国生み」をされたわけですから、お二人とも主祭神でよい気もしますが、伊弉冊命は配祀神となっています。

参拝の記録

自凝神社までの移動

神戸の三宮バスターミナルから出発しました。事前にフットバスの「高松・淡路志知」行きを予約し、8時10分発のバスに乗車しました。

バスは3列掛けで、窓側の席はカーテンを閉めてプライベートを確保できるようになっていました。

1時間15分ほど乗って「高速淡路志知」で下車し、そこから歩いて「らん・らんバス南北幹線(すいせん号)」の「陸の港西阿淡」停留所から乗車しました。賑やかなキャラクターが楽しい車体でした。

40分ほど乗車して沼島汽船場前で下車し、土生(はぶ)と沼島(ぬしま)を往復しているフェリーに乗船しました。

10分ほどで沼島に到着しました。

下船して右手に沼島の案内図がありました。まず東に向かって歩いて「おのころ神社」で参拝し、次に北に上って「上立神岩展望所」に行くことにしました。この島を上空から見ると勾玉の形をしているそうです。

海岸沿いに東に歩いて行くと、おのころ神社に続く山道が見えて来ました。

階段を過ぎると足場は悪くなり、昨日の雨で滑りやすいところもありました。僕のように膝が痛む人は、雨天は避けた方がよさそうです。

10分ほど登ると、再び石の階段が現れ、頂上に建物が見えました。

自凝神社参拝

階段を昇って頂上に近づくと素朴な鳥居が現れました。

鳥居を過ぎるとこちらもまた素朴な拝殿が現れましたので、参拝しました。

拝殿の中には伊弉諾命(いざなぎのみこと)と伊弉冊命(いざなみのみこと)がおのころ島から国生みをする場面の絵が掛けられていました。

右手に廻ると、小ぶりな本殿を横から見ることができました。

さらに進むと、伊弉諾命(いざなぎのみこと)と伊弉冊命(いざなみのみこと)が、おのころ島から国生みをされる場面の像が立っていました。

小さな神社なので参拝は短時間で終了し帰途につきましたが、階段はかなり急なので下りの方が怖かったです。

上立神岩を遠望

続いて島の北の海岸沿いにある上立神岩(かみたてがみいわ)に向かいました。上立神岩は沼島のシンボルともされる奇岩で、上述の古事記の「国生み神話」に登場する「天の御柱」とも言われています。

民家を抜けて北に向かって歩いていくと、15分ほどで右手に「沼島緑地おのころ公園」が現れ、そこを過ぎて坂道を登り切ると、「上立神岩展望台」に到着しました。

そこから上立神岩が遠目に見えますが、草木で少し見えにくいのが残念でした。

右手に海岸に向かって下る階段があったので、降りてみました。

階段を下りると踏み台のような場所があり、そこから真正面に上立神岩を見ることができました。背景の白い雲とのコントラストが見事でした。

アップで見ると、「天の御柱」と呼ばれるのが肯ける迫力がありました。

海鮮漁師料理「水軍」でランチ

「上立神岩」から戻るとお昼時でしたので、ランチにしました。地元の食材を食べることができる店をグーグルマップで調べて、「大平」と「水軍」のどちらかにしようと思っていたのですが、「大平」は外から見て開店しているかわからなかったので、海鮮漁師料理「水軍」を選びました。

口コミでは地元の常連さんがいると書いてありその通りでしたが、忙しそうなお店の人を手伝う人もいて、和気あいあいとした雰囲気のお店でした。人気No.1とあった海鮮丼を注文しました。

沼島産のお魚が贅沢に盛り付けされており、とても美味しくて満足しましたが、お店が混んでいたこともあり、提供されるまで30分程度かかったので、フェリーの出発時間までに余裕を持って入った方がよいと思いました。

御朱印を頂く

自凝神社の御朱印は沼島八幡宮で頂けるので、水軍からすぐ近くの沼島八幡宮に行き、まずお参りをしました。

階段を昇って拝殿でお参りをすると、御朱印は階段左下の宮司に頂けるという表示がありました。

階段を降ろうとすると海が見えてよい眺めでした。

階段を降って社務所を探しました。それらしい建物が見つからず付近をうろうろ探しましたが、階段を降って左手にある普通の民家が宮司のお宅でした。

呼び鈴を押して中に入り、自凝神社の御朱印をお願いしました。「はじまりの島」という添え書きがある、堂々とした御朱印を頂きました。

以上で自凝神社の参拝の記録は終了です。
公共交通機関を利用すると乗り継ぎが多くて少し大変でしたが、淡路島の美しい自然を感じながらの旅程は楽しいものでした。
沼島は歩いて回れるほど小さな島ですが、今回お参りできなかった神社がいくつもあり、古来から信仰を集めた場所としての長い歴史を感じました。

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