【第12回】船で流された蛭児大神は「えびすさま」として戻って来た~西宮神社(2026/4/8)

古事記・日本書紀に登場する「神社・史跡を回る旅」の第12回は、全国のえびす神社の総本社として崇敬されている西宮神社です。福の神として知られる「えびすさま」は鯛と釣竿を持ったユーモラスなえびす像で有名ですが、古事記に登場するお姿はかなり異なります。蛭児大神が「えびすさま」として復活する過程も興味深いと思いながら参拝してきました。

コンテンツ

旅の行程

公式ホームページによると電車で行く場合の、各駅からのアクセスは以下の通りとなっています。
阪神電車・本線:「西宮駅」えびす口より南西へ徒歩5分
JR神戸線:「さくら夙川駅」より南東へ徒歩10分
JR神戸線:「西宮駅」より南西へ徒歩20分
阪急電車・神戸線:「夙川駅」より南東へ徒歩15分

阪神電車が一番近いのですが、今回は桜の花を楽しみたいと思い、阪急電車の夙川駅から歩いて行きました。

(9時25分)阪急夙川駅到着→夙川河川敷緑地(夙川公園)を歩く→ (9時55分~)西宮神社参拝 → (10時30分~)社務所で御朱印を頂いた後にえびす信仰資料展示室見学→(10時45分)「おかめ茶屋」で休憩 → (11時25分)JRさくら夙川駅着

御祭神

第一殿:えびす大神(蛭児大神)
第二殿:天照大御神、大国主大神
合 祀:須佐之男大神

当神社の本殿は、三連春日造りという全国でも珍しい構造で、屋根が三つ連なっており、向かって右からが第一殿で、えびす大神(蛭児大神・ひるこおおかみ)を祀り、中央が第二殿、天照大御神(あまてらすおおみかみ)及び明治初年に大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)を配祀、左が第三殿で須佐之男大神(すさのをのおおかみ)を奉斎しています。天照大御神、えびす大神、須佐之男大神の三神は日本書紀によると御兄弟と言われています。大国主大神は式内社・大国主西神社が西宮であるとの謂れから、明治になって配祀されたと伝わっています。

(出所)西宮神社公式ホームページ                                         

天照大御神、えびす大神(蛭児大神)、須佐之男大神の三神の御兄弟のうち、蛭児大神は三歳になっても脚が立たなかったため、船に乗せて風の吹くままに捨てられてしまう、という哀しい運命を辿ります。その蛭児大神がどのようにえびす大神として復活したのかは、以下の古事記・日本書紀の記述も踏まえてご説明します。

古事記・日本書紀との関連

古事記によると伊耶那岐命(いざなぎのみこと)と伊耶那美命(いざなぎのみこと)は結婚して「国生み」をしますが、その際に女人の伊耶那美命から声を揚げるのは不吉だとして、そこで生まれた子供の水蛭子(ひるこ)は葦の船に入れて放流されてしまいます。この子供が西宮神社の御祭神の蛭児大神(ひるこおおかみ)です。

古事記~【上つ巻】伊耶那岐命と伊耶那美命~二神の結婚
そこで伊耶那岐命は、「それならば、私とおまえとで、この天の御柱をぐるっと廻って出合ったところで結婚ををしよう」とおっしゃった。 このように約束を交わし、「おまえは右から廻り逢え、私は左から廻り出合おうぞ」ときちんと約束を完了して廻って出合った時、先に伊耶那美命が「ああ、いとおしい若者よ」と言い、後から伊耶那岐命が「ああ、愛すべき乙女よ」と言った。二人とも言い終わってしまってから伊耶那岐命が妻に告げておっしゃるには、「女人が先に言葉を揚げるのは不吉だ」。それでも寝所で結婚をして生んだ子は水蛭子(ひるこ)この子は葦の船に入れて放流した。
(引用文献)中村 啓信. 「新版 古事記 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫)

日本書紀にも以下の通り、古事記によく似た内容が記載されており、蛭児(ひるこ)大神はやはり葦船に乗せて流されてしまいます。

日本書紀~【神代(上)第四段】国生み 別伝1
陽神(をかみ)は、天柱(あまのみはしら)を巡ろうとして、「あなたは左から巡りなさい。私は右から巡ろう」と約束された。二神は分かれて、天柱を巡って反対側で出会われた。陰神(めかみ)が、先ず声に出して「ああ、なんと愛しい若者でしょう」と言われ、陽神はあとからこれに応えて「ああ、なんと愛しい乙女だろう」と言われた。そして、夫婦となられて、はじめに蛭児(ひるこ)をお生みになった。これは葦船に乗せて流された。
(参考文献)寺田 惠子. 日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代 ー 世界の始まり ー (グッドブックス)

更に日本書紀では「神生み」の段でも蛭児が登場します。これを読むと蛭児大神が天照大神(あまてらすおおかみ)と素戔嗚尊(すさのをのみこと)と兄弟であったことがわかります。天照大神と素戔嗚尊のお二人は日本神話のスーパースターで誰でも知っているだけに、兄弟の蛭児大神の不遇さが際立ちます。

日本書紀~【神代(上)第五段】神々の誕生 
やがて伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)はともに語り合っておっしゃった。「私たちは、既に大八洲(おおやしま)の国土と山川草木を生んだ。今度は天下の主となるものを生まなければならない」
そこでともに日の神(天照大神)をお生みになった。~中略~ 次に月の神をお生みになった。次に蛭児をお生みになった。この神は三歳になっても脚(あし)が立たなかった。それで天磐櫲樟船(あまのいわくすぶね)に乗せて、風の吹くままに放ち棄てた。次に素戔嗚尊をお生みになった。
(参考文献)寺田 惠子. 日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代 ー 世界の始まり ー (グッドブックス)

ところが、この不遇な蛭児大神は「福の神 えびすさま」として戻ってきます。
その由緒は、古くは茅渟(ちぬ)の海と云われた大阪湾より出現された御神像を西宮・鳴尾の漁師が救い上げ自宅でお祀りしていましたが、ある夜の夢の御神託により西の宮地(西宮)にお遷し祀られたのが起源と伝えられています。
えびすさまは鯛と釣竿をお持ちのお姿からも古くから漁業の神として篤く信仰されていましたが、西宮は西国街道の宿場町としても開け、市が立つことによりやがて市の神、そして商売繁盛の神として信仰されるようになったとのことです。→公式ホームページ

(出所)西宮神社公式ホームページ                 

参拝の記録

西宮神社までの移動

今回徒歩15分の阪急電車の夙川駅から歩くことにした理由は、夙川沿いの「夙川さくら道」を通って、桜の花を楽しもうと思ったからです。

夙川さくら道の桜は西宮市オリジナルで、「西宮権現平桜」と「夙川舞桜」の2品種が植えてあるとのことです。

桜は満開を少し過ぎていましたが、それでも十分見ごたえがありました。

西宮神社到着

阪急夙川駅から南に下ると、最初に北門に至りますがここは通過して、次に現れた表大門(赤門)から入りました。白い鳥居の奥に見えるのが赤門で、豊臣秀頼の寄進と伝わる国の重要文化財です。

赤門を目の前にすると、さすが国宝だけあって迫力があります。これほど立派な門がある神社は珍しいと思いました。

境内でお参り

拝殿に続く道は広々としていて気持ちよく歩くことができました。

奥にある二つ目の鳥居をくぐると拝殿に到着しました。赤門と同じくこちらも朱色が鮮やかで、屋根の複雑な形が美しい拝殿でした。

三連春日造りという全国でも珍しい構造の本殿は、拝殿の横から見ることができます。別名「西宮造り」とも言われるそうですが、建物が三つ連なる独特の形を窺うことができました。

西宮神社には12の末社がありますが、六甲山神社という珍しい名前の神社がありました。目立たない小さな社ですが、毎日六甲山を眺めている地元民としてお参りしました。六甲山山頂には白山権現が祀られ石宝殿(いしのほうでん)と呼ばれており、社殿は石宝殿の方向に向かって建てられているとのことです。

御朱印と「えびす信仰資料展示室」

参拝が終了したので、社務所に行って御朱印を頂きました。こちらの社務所は「えびす信仰資料展示室」も兼ねているためかなり大きいです。

御朱印は通常は300円ですが、現在「本殿御屋根葺替記念」の特別限定切り絵朱印が1000円で授与されているとの看板が出ていましたので、今回はささやかながら御屋根葺替に協力しようと思い、限定切り絵にしました。限定切り絵は「拝殿」と「えびす様と赤門」の2種類がありましたが、馬に乗るえびす様が凛々しい後者にしました。

続いて、同じ社務所の1階にある「えびす信仰資料展示室」に自由に入れるとのことでしたので見学しました。
小規模な展示ですが、下の写真は江戸時代に配られた引札(ひきふだ)で、商品や商店の宣伝用に広告のチラシとして配られたとのことです。色鮮やかでユーモラスな姿のえびすさまが沢山描かれていました。

また、当社の境内地を取り囲む築地塀(ついじべい)は、大練塀(おおねりべい)と呼ばれる室町時代初期頃と推定される現在する最古の築地塀として、重要文化財に指定されていますが、その構造に関する説明もありました。

実物の大練塀は以下のような感じです。築地塀はメンテナンスをしないと崩れてしまいますが、約650年前の築地塀が現在まで保たれているとはすばらしいと思いました。

おかめ茶屋で休憩

これで一通り境内を見終えたため、最後に拝殿前神池の畔にあるおかめ茶屋で休憩しました。

室内にも席がありますが、今回は神池に張り出したテラス席が空いていたのでそちらを選びました。

昔からの甘酒やわらび餅、満足(みたらし)団子、ちび鯛焼きなどが販売しています。今回は甘酒とわらび餅を注文しましたが、わらび餅がとてもおいしかったです。甘酒は温かいものにしましたが、天気が良かったので、冷やしたものの方がよかったかなと思いました。庭を眺めながらゆっくりと過ごす時間は贅沢でした。

以上で西宮神社の参拝記録は終了です。夙川駅から神社まで桜を見ながらのんびり歩き、境内の中も広々としてゆったりと時間が流れるひと時を過ごすことができました。古くからえびす宮総本社として人々の信仰を集めて来た当神社は、交通の便が良くて見どころも多い、すばらしい神社でした。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

コンテンツ